• 日本国憲法/ベアテの贈りもの

    日本国憲法はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が作ったものとして知られているが、草案としては日本人が同時期に作った憲法が存在していた。これは敗戦国として再起を図るものとして相応しくないと却下されたが、この経緯が辛口で分かりやすかった。
    「この草案を作ったヤツは、これが本当に受理されると思ってたのか。
    ポツダム宣言を読んでないか、読んだけど理解出来なかったのか」ってキツイ言葉が飛び出してきますね。まあ、言い回しを変えているだけで戦前の憲法と同じ内容だったんだよね。馬鹿だと思われるでしょ、普通。
    辛口と言えば、「小泉(元)総理は、日本の総理大臣史上最も愚かな総理」と言う人もおったね。小泉さんとブッシュ(元)大統領のツーショットが多く使われていた。
    ブッシュと言えば、世界では「テロリスト」として名を知らない人はいないです。
    おいちゃんも悪の枢軸というのはブッシュ(元)大統領のことだと思ってるぐらいです。
    小泉さんは日本では人気のある政治家ですが、世界の人々はブッシュの相棒として見ていたわけです。
    まあ、小泉さんの人気は甘いマスクとか政治手腕に関係ないところで発揮されていたという感じです。
    アジアで暮らす多くの人々が、憲法第9条が改正されることで再び日本が侵略してくると考えているみたい。確かに歴史を見ればこれは否定出来ない事実。日本ではやってないと教えられるが、世界ではそうとうな悪事を働いていたと教えられる。
    馬鹿ですが、戦争は人を狂わすということは知っています。
    なので、やっていると思うんだがね。これを言うと非国民になっちゃうのかな? まあ、最近はタイヤル族の処刑写真とか見たからです。
    これをわざわざ作って日本に持ってきたとは思えないです。

  • 言わないと分からない

    昨日、家に帰ったら親父が不機嫌な顔をしていた。親父は顔にすぐ出るので、機嫌が良いか悪いか、すぐに分かる。

    仕事で疲れていて頭も痛かったので、ちょっと横のなった。その時間の間は、ヘルパーさんが来てくれて、家事をしてくれるので任していた。

    目が覚めたのは18時頃だったか、食卓の部屋に行って見ると、親父の姿がなく、母親1人だった。母親と一緒に親父が戻ってくるのを待っていたけど、いっこうに戻ってこない。すると隣の部屋から物音がするから覗いてみたら、親父が横になっていた。

    心配になり{大丈夫?どしたん?疲れたん?しんどい?」って聞いたら「しんどいよ!」って怒るように言うから、「そんな言い方せんでもいいじゃない」というと「わしがやらんにゃ誰がやるんや」と言いながら起きだした。親父は母の介護やらヘルパーさんとの対応で疲れていたらしいが、なにも私に八つ当たりしなくてもいいじゃんって思った。

    疲れているなら一言「疲れてるから、手伝ってくれ」と言えば済む話しだと自分は思う。

    昔からそうである。親父は、言われないとやらないんじゃなくて、察して率先して{ぼくがやるよ」くらい言ってみろと。結局頭がいたいのを我慢して、何も言わずやっている親父の行動を見て、何をやらなければならないかという先回りした行動をせざるをえなかった。正直頭にくるくらい疲れた。もし自分だったら絶対に言う。

    察しろって言われても、最終的には言われないと分からないんじゃないかと私は思う。

  • 認知症になったら

     あなたは自分の家族が認知症を発症したらどうしますか。
    2年前のある日外出から帰宅すると 扉に鍵がさしこまれたままになっています。またかと思いつつも家人には何もいいませんでした。
     このところ気がつくと探し物をしょっちゅうしていたり、財布の中身が足りない、誰かに盗まれたとか、今日は何日かとか、今日の予定は何か、又昨夜話した用事を聞いていないといい、突然 怒り出す、時には近所の池に落ちたり等、など。
    さすがに本人から一度検査をするとの申し出」を受け病院へ、結果アルツハイマーではない最近判明した認知症でした。
     この認知症は幻視、幻覚があり他人には見えない人が室内に大勢いたりありもしないものがあると思い込む、大声で寝言をいったり、攻撃的でつねに周囲の人間は言葉じりをとらえられないように気を配るとか、なるべく本人の話は逆らわずに聞いてあげるなど、毎日神経がやすまらない日々をすごしています。
    こんな状況でも本人はいたって気楽です。
    悩み無用の毎日でもあるかの如く・・

  • 人生の折り返し

    あっと言う間に60代に突入!!
    50代に入った頃から第2の人生を。と考え仕事もそろそろ節目に入り、一区切りをつけたくなっていました。
    人生50年間やってきて、家庭も子供も仕事も落ち着いた頃、今まで自分のことには手を抜いてきたことを
    想い返し、これからは自分の事に時間を使い、お金も使い、今まで家庭の為、子供の為に使ってきた時間を
    取り戻したいと考え、実行に移しました。
    他の人をみても、皆、似たり寄ったりで50歳くらいでいろいろ模索し、仕事はほどほどに、人生の楽しみで
    趣味を見つけ、友達・仲間をみつけ楽しんでいるのを見聞し楽しみにしていました。
    女性は家庭の中の動きが主でなかなか外出は自分の意志では、難しい問題があったりしますが、
    その時はその時で家族の和が必要で、まだ自分の事どころではありませんが、そういう時代も踏まえ
    50代の自由さには素晴らしいものがあると思います。
    仕事も今まで手が出せなかった分野にも行動で移せたし、開放感から色んな分野に挑戦してみたら、あぁ、
    私ってこんなこともできるんだなぁ・・と思わずの発見もしたりして。
    やはり人生、年取ってのあきらめは勿体ない。趣味に仕事に、まだまだできることは、沢山あるんだとの
    実感の連続でした。またこれからの60代はなにがあるんだろうと、挑戦を試みて夢見て生きたいと
    思っています。